容易ではなかった存在の証明

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1997年、東京都の研究者畠川氏は、バレエ「眠れる森の美女」を鑑賞中、第3幕の「二匹の猫の踊り」でバレリーナが時折みせる不自然な動きに気づき、これは舞台上で目に見えない何者かの力が働いているのではないかと考えました。 それを前提とすると、常人には不可能なグランジュテ(跳躍)を、プリンシパルダンサーが軽々とこなせる理由や、クラシックチュチュが美しく揺れる理由が説明できたのです。
自称物理学者の彼女は、この不思議な力が不可視的な生命体により引き起こされるとする論文を、科学誌(ここでは名誉のために名前は伏せておきます)に投稿しましたが、編集者はこれを掲載せず、風変わりな研究者の空想作文として、ユーモア誌編集部に送ってしまいました。
結果的にこの歴史的な論文は、月刊「ヘンなオジさんズ」の「特集 東京珍百景とマズイもの巡り」の後ろ、連載「世界のトホホ論文」コーナーに掲載されたのです。

一般には殆ど何の反応も呼び起こさなかったこの論文ですが、川崎市の研究者野沢氏の目にとまったのは、不幸中の幸いと言ってよいでしょう。 野沢氏は物理学の大統一理論をヒゲ面の息子に見事に説明することで、地に落ちつつあった父親の権威を回復すべく、「サルでも判る超ヒモ理論」を読み始めたものの、2ページ読み進めると1ページの内容を忘れ、残る1ページも誤解するという悪戦苦闘を続けていました。とにかく込み入った論旨が苦手の野沢氏は、超ヒモ理論に頼ることを潔くあきらめ、4つの力(電磁気力、重力、物体に働く強い力と弱い力)と、特定の素粒子と場の近接作用との関係性を、自らの「なんだか判らないけど、目に見えないヤツらがイタズラしてるんだよ」理論で解き明かしたのです。「畠川氏の論文は、まさに天の啓示に思えました。」と後に野沢氏は語っています。

野沢氏はさっそく畠川氏に連絡を取り、「マリインスキーバレエのロパートキナが来日したときは、チケットをおごる」という条件で、共同研究の了解をとりつけました。
しかし、二人の研究は長らく無視されるか、話題に上っても詐欺師のたわごと、未開な迷信を広める危険思想などとバッシングされるばかりでした。
後に畠川氏はこう語っています。「別に研究とか、どうでもよかったんですけど、まあ、大人ってお付き合いも大事じゃないですか。 でも、いまだにロパートキナのチケットおごってもらえてないのは許せないですね。」

発見の衝撃

約10年にわたる無理解の時代を打開したのも、畠川さんでした。 エアキャットの捕獲に成功したのです。
それまで二人の共同研究者は、どうすればエアキャットを逃がさず収容できるかを試行錯誤していましたが、成果はありませんでした。 英語では they worked hard in vain ですね。 「ナニナニ in vain = 無駄にナニナニする」という熟語です。 中学で習いましたよね? ええ、習っているはずです。
捕獲は畠川さんの画期的な発想の転換、「押してだめなら引いてみな」によって成し遂げられました。 つまり、逃げられないようにするのではなく、いつも一緒にいたい楽しい気分にさせることで、エアキャットに来てもらうことにしたのです。 実は、エアキャットはいつもそばにいたので、特に捕獲装置などは不要だった訳です。

2007年、東京都足立区舎人公園で世界初のエアキャット捕獲が成功しました。正確に言えば捕獲ではなく、出会いと存在の認識と言うべきでしょう。
殆どの作業は畠川氏が行いましたが、名ばかり共同研究者の野沢氏も出席のもと、記者会見が行われました。会見に出席した野沢氏の同級生で最近はすっかり記事も書いていない新聞記者や、担当誌が不況で廃刊となり、来月から営業部に配転になる編集者などが、思いがけずこの世紀の大スクープに恵まれたのです。

このニュースはエロ記事が充実している一部スポーツ紙ばかりか、大手新聞・雑誌にも掲載されました。国会は空転し続け、景気は低迷し、野球はシーズンオフ、大きな事件も人気ドラマの最終回もない、いわばエアな一日に会見が行われたことが幸いしたのでしょう。 社会学のマスメディア論で言う、「単調で何事もない夏の日には『動物園ではホッキョクグマもグッタリです』みたいな記事が載る」の法則を証明するよい事例ともなりました。

総理大臣の椅子のたらいまわしや、食品偽装などのニュースに飽き飽きしていた読者にとって、このニュースほど話題性の豊かなものはありません。 何の専門性もない評論家が最初にエアキャットの信憑性に疑いの声を挙げ、続いて目先の効くブロガーがわれ先にエアキャットの素晴らしさを書き散らし、テレビのバラエティ番組で人気にかげりの出てきた芸能人がエアキャットの着ぐるみを着るまで、さほど時間はかかりませんでした。

(新聞記事原稿は本稿 末尾)

存在が認められる

発表後、マスコミでは大方の予想通り、エアキャットの存在を迷信とし、捕獲のニュースを悪質な嘘だとする論調が主流でした。 また、二人の研究者がエアキャット存在の証明に使った自作のエアキャット検知器について、その機構や原理など一切を業務上の機密として公開しなかったことも、非難を大きくしました。

しかし、現代日本で最もマーケティング価値が高いとされている女子高校生の間で、「エアキャット、連れてないヤツは超イケてないって感じ」という口コミが広がるや、形成は一気に逆転したのです。
「見えないんだから存在しないってことも証明できないじゃん」
「口先じゃなくて、ハートで説明しろってセンセーもよくゆうじゃん」
「だって、みえないんだから、いるとかいないとか、好きにすればいいじゃん」
という判りやすい主張や、
「非存在と不在との明確な識別の重要性」
「論理思考主義者が陥る感覚的事実認識力の欠落」
「政治が個人の文化的趣向や主義主張に立ち入るべきではない」
などの漢字多めの主張などが大勢を占めることとなり、晴れて二人はエアキャットの発見者として、暖かく迎えられたのです。